Dragon Island

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日々是修行。

「見たいものを描く」という考え

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こんにちは。
鬼のネタを気に入ったあまり、節分ネタを二日もフライングして投稿したKei Alexです。
空気読めません。

今回は、1月の締めの記事です。

気分転換

スパロボVを遊び始めたという話を書きましたが、これが良い気分転換になっています。
家にあるゲームはあまり気分転換にならなくなっていたので、これは良かったです。
いろんなタイプの、いろんなタイトルを遊んでみようと思いました。

ただ、どうしても画面内の「絵」に注目してしまいます(笑)。

男主人公を使っているんですが、一番目にするキャラクターなので、つい造形を観察してしまいます。(テキストが進まない笑)
こういうタイプだとこれぐらいが「イイ感じ」なんだなとか、「ああ、この表情の描き方いいなとか」。
細かい指示書があったんだろうか、担当者のさじ加減が多分に入っているんだろうかとか。(※)
他のアニメキャラに比べてリッチに描かれているのは、ゲームにしか登場しないからかな、それとも2017年ごろのアニメ作品の特徴からかなとか(グラデ処理がされていたり、髪の毛の陰影が細かかったりする)。

※調べたら渡邉亘さんという方でした。インタビュー記事などを読む限り、腰回りと乳に対するフェチが近かったです。件の疑問は「担当者さんのさじ加減」のようです。(フェチとフェチの殴り合いなエピソードは面白かったです)

このあたりの情報が、描く際の鍵になりそうだなと思いながら見ています。

同様に、戦闘アニメーションも注目しています。
ロボットたちの動きがめちゃくちゃ良いんですよ。(語彙力)
アニメ準拠なのでカメラワークがカッコよくて、なかなか迫力があります。
ボイスも何パターンか用意され動きに合わせて挿入されますし、旗艦の攻撃では艦長の指示出しからアニメーション劇が入るものがあります(特にヤマトは長い)。

ワクワクする楽しさと同時に、演出の面白さや場面の描き方に注目しています

これらに注目するということは、こういうことをしたいと思っているのかなと。

「見たいものを描く」を誤解していた

なぜか、今回は漫画業界の話が刺さりまくります。

キャラクターを作り込む話もそうですが、その後も「(漫画は)描きたいものじゃなくて読みたいものを描かないと。」という漫画家のツイートが刺さりました。(「上手くいかないケース」に関して)
イラストも、自分が見たいものを描かないと上手くいかないんじゃないかと思ったのです。

ここで思い出したのが、とある水彩画家が著書の中で書いていた「見たように描くのではなく、自分が見たいように描く」という趣旨の文です。
記憶に残るぐらいには当時から刺さっていたのですが、もしかしたら僕は大きな誤解をしていたかもしれません

僕は何かの作品を見たときに、「こういう風に描きたい」と思うことがあるのですが、その作品は「こういうのを求めてた!」と感じるものと違うことが多いです。

今までは当たり前のように前者を選んで来ました。
描きたいと感じたのだから、それが自分の求めているものだろうと、疑わなかったんです。

恐らく、問題の原因はここのような気がします。

描きたいものと見たいものの違い

僕の場合、描きたいものというのは主に「技術」に着目して内容を分析していて、自分が同じことをできるかどうかが重要でした。
パズルを組み立てられるとか腹筋を100回できるとか、そういう類の「できる」です。
理屈としては、描くときは「技術の型」に嵌めて描く格好になります。

でも、上手さはある程度身に付ければ満足しますし、次から次へと新しいネタを見つけ続けないと、やることがなくなってしまいます。

ここまで続いたのは、好奇心が強いことが影響していると思います。
だからこそ、やり尽くしたら興味を失うんですよね。

これが僕の「描きたくて描いたもの」の正体です。

一方、見たいものとなると、主に「萌え」や「性癖」と呼ばれる、感性の中心に深々と突き刺さるものとなります。
理屈ではないから、見た瞬間に「こういうのを求めてた!」という反応になるわけです。

狭く深く描き続けるのでネタ切れにはなりませんが、代わりにストライクど真ん中の「好き」が炸裂するので、恥ずかしいという問題が発生します
これを克服するのは相当に大変です。

いずれにしても「楽しい」し「好き」には当たります。
また、「こう描きたい」にも自分が萌える要素が入っている場合が多いので、「見たいもの」に重なる部分もあります。
これもあって、すっかり勘違いしていたか、あるいはどこかで無意識にすり替えてしまったのだと思いました。

言葉って難しいですね。

掘り進めてみる

娯楽として「見て」いるときに「ああ、これだ」と思うことがあります。
そういうものを丁寧に拾って、自分の手で描いてみます。(ブログなどに載せられるかはわかりませんが)

このあたりのことと、1月終盤に書いたことらへんをかけ併せていくのが2月かです。


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